某雑誌に1995年に掲載された記事です。無線の思い出を書きました

中年からの無線のすすめ
 各界の趣味に造詣の深い読者諸兄には、甚だ失礼なこととは思いながら、最近の小生の
楽しみをお勧めしたい。
一.無線機購入・受験の楽しみ
 山歩きがなかなかの人気で、ごく普通の方が、こんな高い山にと思われるようなところに挑戦しておられる。すぐ他人の感化を受けやすいため、数年前無性に興味をそそられ、中年から始める山歩きなど、初心者向けの本をいろいろ読みまくった。リュック、コンパス、燃料、笛、崖下に落ちた時の救助ロープなども買い求め、さあ、どこに出かけるかというときに、連休中の登山者がつぎつぎ遭難したことがマスコミで報じられた。しかし、助かったのは無線機を持参していた人だったとか。山登りにSOSを知らせる無線の携帯は必須。
 秋葉原に出かけたときは、届け出制のパーソナル無線機を買うつもりであったが、店頭で勝手に間違えて買ってきたのが、アマチュア無線機なるものだった。
 かくしてアマチュア無線技士の資格が必要となった。後日わかったことであるが、アマチュア無線技士第四級は試験問題が過去問からでるため、薄い小さい問題集で、回答を覚えておけば合格できる。法令と無線工学併せて、アフターファイブで一週間程の詰め込みで可。
 合格後、四級の場合は申請地の電波管理局長名の免許証が届く。現在は二級をもっているが、二級、一級は上級資格で郵政大臣名の免許証となり、少しいい気分に浸れる。郵便局で、運転免許証等の提示を求められるが、この郵政大臣名のアマチュア無線の免許証で代用させている。
二.周辺機器を揃える楽しみ
 アマチュア無線は、お金のかかることもあって、趣味の王様と言われているらしい。無線機も楽しみ方によっていろいろな機種を揃える。アンテナもTPOによって使いわける。揃えるものが多いと、出費もこたえるが、それだけ順次ステップをあがっていくような、満足感もでてくる。
 自宅つまり家の中から交信する。無線機は少し値が張るが大きなものを買う。OM(old man先輩)になると、沢山のリグ(無線機)やら測定機などを陳列する。ここだけが、狭いわが家で自分の空間のような気がして、この前に座るとほっとする人が多い。
アンテナも八木アンテナなどのエレメントの長さが十メートルもあるのを屋根の上やタワーの上にあげることになる。近所から標的にされる。しかし小生のように社宅住まいやマンションなどスペースの限られる人はそれなりのアンテナを使う。
 四六時中無線をしていたい人は、移動用の少し小さめの無線機を使用する。主に自動車に搭載する。車のなかで無線機を取り付ける場所に苦労する。運転席の足元やダッシュボードのポケットをつぶしたりする。小生も始めは車に傷つけるのをためらったが、いまでは無線のためなら愛車であろうと平気でなかをはずしたり切断してしまう。下取り時に影響する。アンテナはトランクのふたや屋根に基台をつかってネジ止めする。車体にアースするため、止めるネジは、ペイント膜をつき破って直接鉄板に接触させなければならない。サビのもとになるが気にしない。配線はドアのすき間やボンネットのゴムパッキングから車内に引き込む。現在は二メートルのアンテナを二本立てて走っている。無線機も二台積み込み、通常の交信なら家の中と同じくらい楽しめる装備である。このアンテナ二本は、X(愛妻)とSECOND(子供)からみっともないので降ろしてくれといわれているが、他人の羨望?と興味を想像しつつ、大変気分よく走っている。電源も自動車のバッテリを使うと無線に使う電流が大きいため、バッテリ上がりで困ることになる。シールドバッテリと言って液がゼリー状で、倒れてもこぼれないものをトランク内に数個積んでいる。送信時、電圧が降下するのをカバーするため、アップバータもかませている。時には愛用のMACも積み込むので、DC-ACインバータで、家庭用電源もとれる。このほか電圧計やマッチングボックス、配線などで、運転席まわり、トランクの中をゴチャゴチャにして楽しむ。決してXやSECONDの座席には迷惑をかけない。
 また、車から離れて楽しむこともできる。この場合はハンディタイプの軽い無線機を使う。小生の場合は結局山登りは無線に化けてしまったので、山中から出ることは少ないが、よくホテルの部屋や新幹線、特急電車から交信を楽しんでいる。
 以上、なんだかんだでやはり、新車が買えるくらいをつぎ込むことになる。小生程度でもこれくらいなので、本格的に二〜三十メートルのアンテナタワーを立ててお楽しみのハム(無線家、無銭家ともいう)はそれこそ王様かと思う。ゴルフも二十年以上やってきたが、腕前はさっぱりで何も残らないが、無線はやめたらリグを売れば金になると言って、Xの攻撃をかわしている。
三 運用の楽しみ
 資格をとったあと、今度は運用許可を申請する。一ヵ月ぐらいで、世界に二つとない自分だけのコールサインが割り当てられる。 JI3MWT、これが無線界での私のQRA(名前)となる。
 無線では、全く知らない人同士が、あたかも百年の知己のように親しげにQSO(話し)する。電波の上では、距離も年齢も関係ない。
早朝からいろいろな人が、全国各地からCQ(誰か話しましょう)を出し、QSOを楽しんでいる。小生も起きるとすぐに無線機に火(真空管時代の名残り)をいれる。突然つながったばかりの、見ず知らずの人に挨拶し、安否まで気遣う。端からは愛想の振りまき過ぎに見える。どこの家庭でも、自分達にはそんな優しくないのに、他人にと、悔やまれるそうだ。他人だからこそ、丁寧な言葉が必要と言い訳する。
 高い山などから、移動運用する人もいる。また、DX(外国との通信)をメインにやっている人も多い。
 交信が終了すると、QSLカード(交信証)を交換する。JARL(アマチュア無線連盟)経由なので、年会費の七千円程で、日本はおろか世界中何通でもまとめて配送してくれる。
 三年程前、板橋の日大病院に入院して手術を受けた。小生はこれ幸いと、個室を頼んだ。これで一日中無線が楽しめる。
 部屋に無線機、ログ管理用にMACのパワーブック、アンテナまで持ち込んだ。夜回診のドクターが、マックをやってますか、と大抵興味深く声をかけて行った。医学の世界でもマックに人気が集中している。窓からアンテナまで突き出したので、さすがに退院近くになって、婦長より、ほとほどにとの注意を受けた。
 それでも無線三昧で、手術の前夜にもQSOした。ひょっとして、これがQRT(最後)になるかもしれない。QRTとは船が沈没する寸前、最後のモールス信号を送ることである。少し感傷的になったが、おかげでくよくよせず眠れた。手術の翌日には痛い腹をかかえながら、まだ麻酔でぼーとしながらも、椅子に座ってQSOした。また無線ができることに感謝した。
 二か月の入院中に、三百人程の人とつながった。
四 無線仲間を作る楽しみ 
 クラブ的な楽しみ方もある。
 現在のQTH(住所)はCM(コマーシャル 仕事)の関係で金沢市になる。
 JARL金沢クラブに加えてもらっている。クラブのミーティングは、毎週土曜日の22時から。夜中に出かけるのは大変だと心配されるかもしれないが、ご無用。無線でのミーティングなので、居ながらにしての開催である。時間がくると、会長がメンバーのコールサインを順次読み上げて、出欠をとる。返事をしないで、所謂「狸ワッチ」している人もいる。月一回は、eyeball(実際に会う)ミーティングもある。  
 木曜日の夜九時半からは、JA9CYYが幹事のJA9ロールコールミーティングがある。こちらは若い人が多い。一時間程になるので、合間に、そっとバスブレーク(風呂)する。しかし、別段誰にも分からない。
 パケットも始めた。JA9GYIがシスオペのボードにいろいろ書き込みをする。主として、CPU、バイク、日常の出来事などが書かれている。小生も、人に言えないことをそっとUPする。
五 QRTまでの老後の楽しみ
交信局数は、三千局をこえ、何回もつながった人もいるので、交信回数は四千五百回にのぼる。
 たった一回の交信でも、その時の模様を昨日のことのように覚えている。LOG帳の備考覧には、その日の出来事なども記入して、日記代わりにしている。
 Xからは、老後の楽しみ(暇つぶし)が増えたね、と誉められている。
 いつか、人生にQRTを送信する時まで、何人の人と交信できるか。中年から、この世界に足を踏み入れたことを感謝しつつ。
73(セブンティスリー さようなら)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。